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福岡地方裁判所直方支部 平成5年(ワ)22号 判決 1994年1月11日

福岡県<以下省略>

原告

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

庄野孝利

東京都千代田区<以下省略>

(送達場所)北九州市<以下省略>

被告

証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

主文

原告の主位的請求を棄却する。

被告は、原告に対し、金二七四万六〇〇〇円及びこれに対する平成五年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の予備的請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  主位的請求

1  被告は、原告に対し、金二七四万六〇〇〇円及びこれに対する平成三年七月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  予備的請求

1  被告は、原告に対し、金二七四万六〇〇〇円及びこれに対する平成五年三月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第二事案の概要

一  主位的請求原因(消費貸借)

1  原告は、株式及び証券等の売買及びその仲立ちを業とする会社である被告の代理人北九州支店営業課長Dに対し、平成三年六月二六日、返済時期を一か月後と定めて、利息月二〇万円で、金一〇二〇万六〇〇〇円を貸し付けた。

2  よって、被告は、原告に対し、貸金一〇二〇万六〇〇〇円から原告が保有する株主還元オープン投資信託(一〇〇〇口)の口頭弁論終結時の取引時価金七四六万円を差し引いた残額金二七四万六〇〇〇円及びこれに対する返済期日後である平成三年七月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二  予備的請求原因

1  被告の不法行為ないしは債務不履行責任

(一) 被告は、証券取引法等の投資家保護の規定を遵守し、顧客に対し、善良な管理者の注意をもって、証券取引勧誘に当たるべき義務があるにもかかわらず、被告代理人Dは、原告に無断で、株主還元オープン投資信託を原告名義で買い付けた上、平成三年六月一九日ころ、原告に対し、「一か月後に二〇万円の利息を付けて全額返済するから、株主還元オープン投資信託の買い付け代金一〇二〇万六〇〇〇円を被告に送金してほしい。」旨述べて、証券取引法の規定に違反する違法な勧誘を行い、その結果、右無断買い付けを追認させて、平成三年六月二六日、右買い付け代金一〇二〇万六〇〇〇円を被告北九州支店に振込送金させ、原告に、右金額と原告が保有する株主還元オープン投資信託の口頭弁論終結時の取引時価金七四六万円との差額金二七四万六〇〇〇円の損害を与えた。

(二) 従って、被告は、原告に対し、不法行為ないしは債務不履行による損害賠償として、前記損害金二七四万六〇〇〇円及びこれに対する不法行為後ないしは履行遅滞後である平成五年三月五日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

2  被告の使用者責任

仮に、前記Dの違法勧誘が、被告の不法行為ないしは債務不履行と評価されないとしても、Dの本件取引勧誘行為は、被告の業務執行につきなされたものであるから、被告は、民法七一五条により、前記1の(二)の損害金及び遅延損害金を支払う義務がある。

(争いのない事実)

一  被告は、株式及び証券等の売買及びその仲立ちを業とする株式会社である。

二  平成三年六月二六日、原告から被告北九州支店に対し、金一〇二〇万六〇〇〇円が振込送金された。

(争点)

原告と被告間の消費貸借契約の成否、被告の不法行為ないしは債務不履行責任の有無、被告の使用者責任の有無、損害額

第三争点に対する判断

一  争いのない事実、甲一ないし三、証人D及び原告代表者の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告の代表取締役であるA(以下「A」という。)は、平成三年六月中旬ころ、被告北九州支店の営業課長Dから、「被告本社から株主還元オープン投資信託の割当を受けて困っている。株主還元オープン投資信託を買って助けてくれないか。」との電話による申し入れを受けたが、当時、株価が低迷していたので、右申し入れを断った。

2  しかし、その後、平成三年六月二一日ころ、Aは、Dから三回目の電話を受け、その際、同人から、「一か月以内に元金と二〇万円の金利相当分を加えて返済するから、引き受けてほしい。」と言われ、過去に、原告と被告との証券取引において、Dらから、右同様の発言がなされたことがあり、最終的に、被告から、Dらの発言どおり、元金と金利相当額の返済を受けた経験があったことから、前回同様、今回も、Dの言葉どおり、少なくとも、元金と二〇万円の金利相当分が被告により保証されたものと考え、Dの申し入れを承諾し、平成三年六月二六日、株主還元オープン投資信託(一〇〇〇口分)の購入代金一〇二〇万六〇〇〇円を被告北九州支店に振込送金した。

3  Aは、金一〇二〇万六〇〇〇円を被告北九州支店に振込送金して一か月経過したころ、Dに対し、元金と金利相当分を支払うよう請求したが、Dから、「株主還元オープン投資信託の時価が下がっているので、少し待ってほしい。」旨言われた。

4  その後、Aは、何度も、Dに対し、電話あるいは面談で、元金と金利相当分を支払うよう請求したが、そのたびに、同人は、「少し待ってほしい。」と言うのみで、結局、被告から前記金員の支払を受けなかった。

二  証人Dは、「本件取引勧誘の際、Aに対し、『一か月で二、三〇万円の利益が出るのではないか。』という趣旨のことは言ったが、『一か月後に二〇万円の利息を付けて全額返済する。』と言ったことはない。」旨供述する。

しかし、他方で、Dは、平成四年八月二〇日のEからの電話に対する応答で、Aに対し、「一か月後に二〇万円の利息を付けて全額返済する。」という約束をしたことを肯定する内容の返事をしたことを認めており、そのような返事をした理由は、原告に損をさせて迷惑をかけたという弱みがあったからであると弁明するが、本件取引勧誘に当たり、「一か月後に二〇万円の利息を付けて全額返済する。」という発言したという事実は、証券取引法の規定に違反する重大な内容であり、そのような重大な発言の有無につき、単に原告に迷惑をかけたという理由で肯定する内容の返事をしたというDの弁明は、説得力に欠けるものであり、本件取引勧誘の際、「一か月後に二〇万円の利息を付けて全額返済する。」という発言をしたことを否定するDの前記供述内容は、右のとおり、D自らが、平成四年八月二〇日のAからの電話に対する応答で、右発言をしたことを肯定する内容の返事をしたことを認める供述をしていることや、甲三の記載内容(但し、括弧内の記載部分を除く。)及び原告代表者の供述内容に照らし、真実性に乏しいといわなければならない。

三  甲一〇及び弁論の全趣旨によれば、原告が保有する株主還元オープン投資信託(一〇〇〇口)の口頭弁論終結時の取引時価は、金七四六万円であることが認められる。

四1  原告は、被告代理人Dに対し、平成三年六月二六日、返済時期を一か月後と定めて、利息月二〇万円で、金一〇二〇万六〇〇〇円を貸し付けたと主張する。

2  確かに、前記一で認定した事実によれば、Dは、Aに対し、「一か月以内に元金と二〇万円の金利相当分を加えて返済する。」旨発言したことが認められるが、右発言は、Dが、被告代理人として金員返還を約束したものではなく、あくまで、本件取引勧誘において、原告に損はさせないという趣旨の表現にすぎず(仮に、Dが被告の代理人として、本件取引代金の返還を約束したものであるとすれば、一方で、被告本社から株主還元オープン投資信託の割当を受けて困っているというDが、他方で、被告代理人として株主還元オープン投資信託購入代金の返還約束をするという矛盾した発言をしたことになる。)、また、原告としても、本件買い付け代金を被告に送付する際、被告に対し、純粋に金員を貸与する意思であったかどうかは疑問である。

3  従って、原告の前記主張は理由がない。

五  被告の不法行為ないしは債務不履行責任の有無、被告の使用者責任の有無につき検討する。

1  およそ、証券取引は、価格変動により、本来的に損失の危険を伴うものであるから、投資家は、右危険性を十分理解した上で、その自主的判断と責任において、証券取引を行うべきであり、そのようにして、証券取引を行った以上、たとえ右取引により投資家が損害を被ったとしても、原則として、右損害は、投資家自身の負担に帰すべきものである(いわゆる「自己責任の原則」)。

2  しかし、このように、証券取引が投資家自身の自己責任で行われるべきであるということは、証券取引会社の行う投資勧誘方法がいかなるものであっても許されるということを意味するものでなく、証券業務に関し、豊富な知識経験を有し、かつ、資力や情報量においても圧倒的優位に立つ証券会社が、投資家を勧誘し、その委託を受けて業務を遂行するのであるから、証券会社を信頼して証券取引を行う投資家、特に大衆投資家の保護が図られる必要性があることはいうまでもない。

3  そして、投資家保護の見地から、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法五〇条一項一号、三ないし五号、「証券会社の健全性の準則等に関する省令」一条は、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供による勧誘、損失負担・利益保証による勧誘、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき行為等を禁止し、また、大蔵省証券局長通達、財団法人日本証券業協会規則等により、「投資勧誘に際しては、投資者の意向・投資経験及び資力等に最も適した投資が行われるよう十分配慮すること。」といういわゆる「適合性の原則」を始めとして、投資家保護のため、証券取引会社の投資勧誘につき、種々の規制が加えられている。

4  もとより、証券会社の投資勧誘が、公法上の取締法規や営業準則の性質を有する証券取引法等の規定等に違反したからといって、直ちに右勧誘が私法上も違法となるものではないが、証券取引の有する危険性、証券会社の組織・能力及び投資家保護のための法規制等に照らせば、証券会社は、投資家に対し、虚偽の情報や断定的情報等を提供し、あるいは、損失負担・利益保証を約束するなどし、投資家が当該証券取引に伴う損失の危険に関する認識及び判断を妨げるおそれのある方法、すなわち、社会的相当性の範囲を逸脱した方法で投資家を投資取引に勧誘することを回避すべき義務があると解され、右のような方法で証券会社により投資勧誘がなされ、その結果、投資家が証券取引を行い、損害を被ったときは、当該取引勧誘は、私法上も違法性を帯び、右違法な投資勧誘を行った証券会社は、証券会社自体が、投資家に対し、不法行為ないしは債務不履行責任を負い、あるいは、証券会社の従業員が、業務執行に当たり右違法な投資勧誘を行った場合、当該証券会社は民法七一五条の使用者責任を負うというべきである。

5  前記一で認定した事実によれば、本件取引の際、Dは、Aに対し、元金及び金利相当額金二〇万円につき、一か月後の支払を保証する趣旨の発言をして株主還元オープン投資信託を購入するよう勧誘しているが、本件取引におけるDの右勧誘方法は、前記断定的判断の提供、あるいは、損失負担・利益保証による勧誘等の禁止規定に触れるばかりか、その発言内容が元金の支払時期及び金利相当額を具体的に明示したものであることから、原告をして、被告が元金及び金利相当額の保証及びその早期支払を確約したものとの認識を抱かせ、元金及び金利相当額の早期支払が保証されているとの安心感から、本件取引の種類やその具体的内容及び本件取引に伴う損失の危険に関する認識・判断はもはや無用のものとしてこれを放棄させる危険性を有するもので、社会的相当性の範囲を大きく逸脱しており、右勧誘により本件取引を行うに至った原告が損害を被った場合、もはや自己責任の原則を働かせる余地はないというべきである。

6  従って、Dの本件取引勧誘行為は、私法上も違法性を帯び、不法行為に該当する。

7  そして、Dの前記違法な取引勧誘行為を被告自身の不法行為あるいは債務不履行と評価するのは困難であるけれども、右勧誘行為は、被告の業務執行につきなされたものであると認められるから、被告は、民法七一五条の使用者責任を負うことになる。

8  前記一及び三で認定した事実によれば、原告は、Dの前記違法な取引勧誘により、本件株主還元オープン投資信託購入代金一〇二〇万六〇〇〇円から株主還元オープン投資信託の口頭弁論終結時の取引時価金七四六万円を差し引いた金二七四万六〇〇〇円の損害を被ったことが認められる。

9  よって、被告は、原告に対し、金二七四万六〇〇〇円及びこれに対する不法行為後である平成五年三月五日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分(なお、原告は、商事法定利率年六分の遅延損害金の支払を求めているが、不法行為による損害賠償債務は商事債務ではないから、その遅延損害金は民法所定の年五分である。)の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(裁判官 安達嗣雄)

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